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2012年6月の記事

神戸グー連載最終回原稿です。

いろいろ経緯などを書きながらも、「肝心の原稿が読みたい!」と
お叱りの言葉もいただきましたので、WEB上にもアップしますね。
以下、最終回の原稿と写真でございます。
拝読賜れれば幸甚です。


Img_02340020


平成9年4月号が、この連載のスタートでした。
最初の原稿には「感動を押しつけるつもりは全くないが、
厳しい環境の中で懸命に生きる彼らの姿から写真を通して何かを感じ取っていただければ、
それは僕にとってこれからの撮影ヘのエネルギーに変わる。」なんて、
青臭い言葉が書かれています。

読み返すと少々恥ずかしいですが、連載から15年以上経っても、撮影へのエネルギーは維持されています。
訴えたかったことなど、今も何もスタンスは変わっていません。
それは、いろんなアクションを考える原点というのは、
私たちが暮らす足元で起こっていることをしっかり知ることにあるのではないか、ということです。
連載を締めくくる写真は、海ではなく川。
こんな写真を最後に選ぶのも僕らしい気がしています。
場所は、灘区の都賀川。ここは、住民と行政が連携して、ゴミの川を自分たちの川に取り戻したところ。
再整備されたこの川では、山からの土が流れの緩いところで堆積し、春から秋には水辺に草むらができます。
陸上には鉄道や道路の高架も見えるような場所ですが、
そんな場所の水面下で、「カワトンボの仲間」は産卵しています。
場所が身近な分だけ感動的です。晩秋にはアユの産卵も見られるようになりました。
素晴らしいことだと思います。

15年と3ヵ月にわたりましたぼくの連載もひとまずここで終わります。
長年にわたり、駄文にもかかわらずご愛読いただいた読者の皆様と、
神戸の情報を発信しようと紙面を割いてくださった神港ジャーナル社様に、厚く御礼申し上げます。

心境は、引退時のキャンディーズのようなものでしょうか。
これからは、「ものずきな普通のおじさん」に戻って、撮影を続けていきます。
皆様、本当にありがとうございました。


(拝読賜りありがとうございました)

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ぼくの中の阪神大震災がひとつ終わりました

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15年と3ヵ月。183回にわたり書き続けてきた、神戸の海の連載が終了しました。
紙面をリニューアルしたいという出版元のご意向に沿って、淡々と終わりました。

なぜ、ぼくがこの紙面で書き続けてきたのか、その背景を書きたいと思います。

阪神淡路大震災の前に元々、ここの出版元とは、仕事で情報誌を一緒に制作していました。
95年1月17日に阪神淡路大震災の発生で、出版元の入居しているビルが全壊。
ぼくも仕事で避難所の運営や倒壊家屋の調査へ。
それから40日が経った頃に、
「避難所も含めて、文化情報や施設の復旧状況などを届けられるようにしようや」ということで
呼び戻されて、企画にかかりました。

再開にあたっては、体裁も内容もすべて変えた上での複数社からの提案を受けるコンペ方式を採用。
社屋が全壊し、編集者も避難所にいる同社には厳しい状況だったでしょうね。

まだ30歳になったばかりのぼくは個人的には悩みましたが、
状況を考えると止むを得ないことでした。
結果は、他社に。
結果をお伝えする際に、
「もし再度、独自で情報誌を出されることがあれば、個人的にお役に立てるならなんでもしますよ」
とお伝えしましたが、そうした機会があることを心から願っていました。

平成8年になると、出版元は「神戸グー」誌を創刊。
立ち上がるその姿に、少しほっとしたことを覚えています。

平成9年に入ったまだ冬の寒い日に、出版元からぼくに連絡がありました。
「神戸の海を紙面で紹介したいのですが・・・」

当然、以前お伝えしているとおり、ご協力をすることでお役に立つのであればと、
何も聞かずに2つ返事で了解をして、本日にまで至っていました。

そして、先月、出版元から連絡があり、
7月号から誌面リニューアルを行う中で、誌面構成を考えると
連載を終えることは可能だろうか、と打診がありました。

そもそも、なぜ連載を継続してきたのか、という理由が、出版元の力になれれば、ということでしたので
「ありがとうございました」という言葉に、ああボクの役割が終わったのか、という思いで
「わかりました」とだけ答えました。

昨日、掲載紙が届きました。

誌面を手にすると、いいようのない気持ちになりました。
すごく不思議な気持ちでした。

ぼくの中で、あの阪神大震災がひとつ終わった、ということとともに
想像もしていなかった寂しさが胸に広がりました。
こんなセンチメンタルな気持ちになるとは、自分でも意外でした。

あまり、ほっとした気持ちにならなかったのが、さらに不思議な感覚でした。

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初めての播磨灘の海も穏やかに・・・

昨日は、赤穂で海藻を撮ってきました。もちろん水中写真です。
兵庫県は大阪湾・播磨灘・日本海という性格の異なる海を有する、
​国内でも稀有な県です。
ただ、この海の中をまとめて紹介した水中の記録というのはありません。
やるとすれば、ボクがやらせてもらおうかなぁ、昔からずっとそれをぼんやり考えていました。

大阪湾・神戸の海を撮り続けて17年目になりましたが、
残念ながら、まだボクにはそれに取り組む時間と費用がまだありません。
もしこれをやるのが自分しかいなければ、アクティブに動けるうちに退職して、
どこかの新聞社・出版社と組んで、ビジネスとして新聞等の紙面連載から出版まで見越した
取材活動を続けたいと思います。もうあと2​年で50歳になります。
アクティブに身体が動けるように、現在トレーニングで肉体改造をしていますが​、
この半年の成果として、身体年齢が58歳から43歳!にまで若返りました。
実年齢よりも5歳若返っています(やったー)。

さて、本題。播磨灘・赤穂の海です。
NPO海っこ倶楽部のMさんがいるだろうと思って約束もなしにでかけたのですが
ちゃんと会えました(ラッキー)。
ボクは約束をするのが、苦手です。約束すると、自分の行動の負担になるから。
いきあたりばったりの人生ですね。

Mさんも特に予定がないということで、想定外にカヤックで沖合いの浅瀬にできている磯まで
一緒に行ってくれることになりました。
まだここでは自分も潜っていないということでしたが、
上から見ててもホンダワラやカジメなど海藻の豊富な場所で、水温なんかお構いなしに
ウエットスーツにアンクル5kgつけて、立ち姿勢を水中で取り易くして
磯にカヤックを着けた後、シュノーケリングで撮りまわったのが次の写真です。
いやぁ、THE海藻。サンゴの海にはないワビサビですわ。
クリックすると大きく見えます。

でもね、光のコントラストがきつい中で、水面下の海藻をきちんと撮るのは難しいんですよ。
これなんかは、2灯のストロボ光もきちんと回せて、上手く撮れたと自負しています。
透明度はイマイチなんだけど、初夏のハイキーなイメージも合わせて・・・
Dsc_00150001_light


なんでしたっけ、GWに月がめっちゃでっかく見えましたよね。イメージは、でっかい月とススキ。ほんとはフィッシュアイでみた水面とホンダワラなんだけどね・・・。いかがでしょうか?

Dsc_0008

Dsc_0007

水面下の海藻も面白いですよ。マスクで顔さえ漬けられたら、こんな風に見えちゃう。
Dsc_0003


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ついでに、上陸してくつろぐMさんも・・・
Dsc_0036


自分たちが暮らしている県のいろんな海の表情。面白いなぁ。
神戸の海の連載もいったん終わったし、次のアクション起こそうかなぁ~
なんて、感じさせてくれた貴重な貴重な一日でした。
感謝・感謝。海に人に感謝です。


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